麻疹が拡がっています(2016/9/6 ※9/16追記)
厚労省などの発表では、9月15日現在、麻疹患者は96人に増えています。
バリ島で感染したとみられる19歳男性が、8月9日に39度を超す発熱があり、その数日後には全身に発疹も現れましたが、19日に4軒目の医院で麻疹と診断がつくまで、兵庫県西宮市の自宅から出発して神奈川、千葉、東京各地を訪れました.14日には人気アーティストのジャスティン・ビーバーの幕張メッセコンサートに行きました。家族3人も麻疹感染が確認されました。
一方、関西エアポートの発表では、20代女性社員が8月18日に医療機関で麻疹と診断され、27日以降、空港内の誘導や受付などの社員ら16人の感染が分かりました。ほかに21人に麻疹の疑いがあります。西宮市の男性は7月下旬に関空を利用していましたが、感染した関空グループ社員とこの男性のウイルスは同じ型で、関西国際空港内で感染したらしいのです。ほかに7月下旬に関空を利用した近畿在住の4人の感染が確認されているとの報道があります。
麻疹ウイルスは感染力が強く、空気感染や飛沫(ひまつ)感染、接触感染などの経路で感染するので、免疫を持っていない人はほぼ100%発症します。潜伏期は約10日後で、風邪症状が出た後、高熱や発疹が出ます。妊娠中にかかると流産や早産を起こす可能性もあります。
それだけに、ワクチン接種による予防が大切です。まんいち感染者に接触した場合は、72時間以内にワクチンを接種すれば効果があるといわれています。
「自分は子どものころに麻疹ワクチンを打っているから大丈夫」と思う人もいますが罹ってしまう事もあります。
以前は、麻疹、おたふくかぜ、風疹は、一度かかれば二度とかからない終生免疫ができると言われ、ワクチン接種でも同様の免疫がつくと思われていました。
ところが、感染を防ぐだけの抗体が長いあいだ得られるのは、国内でときどき麻疹が流行して、本物のウイルスと接触し続けた場合です。そうでない場合は、免疫はどんどん低下していきます。孤島であるグリーンランドで麻疹ワクチンを接種した人の追跡調査をしたところ、5年後に95%だった抗体陽性者が16年後には43%まで減ったとのデータが報告されています。
江戸時代の子どもには「命さだめ」の試練だった将軍の子でも侍の子も町や村でも、子どもは麻疹か下痢の病気で亡くなる事がふつうでしたから、子どもが麻疹に罹ると親は神仏に願掛けをし必死に看病しました。運良く治ったときには近所や親類を呼んで快気祝いのパーティーを開くこともありました。
☆麻疹ってどんな症状ですか?
麻疹は、「はしか」のことで、麻疹ウイルスによる急性熱性発疹性のウイルス感染症です。
麻疹に感染して10日ほどの潜伏期ののち、目が潤み鼻水を大量に出して特有の顔つきになります。
2~3日して咳、鼻水、結膜炎症状が強くなり、38℃以上の発熱が出て3~4日続きます。このカタル期は最も感染力が強く、空気感染、飛沫感染、接触感染、どれでも人にうつすので、同じコンサート会場や待合室にいたり、同じ車両に乗り合わせたりしただけで、免疫のない人は100%感染するといわれます。この時点で風邪と診断されてしまうと今回のように感染が拡大するのです。
4日ほど続くカタル期の後半に、頬の裏側粘膜に直径1mm程度の少し膨らんだ白い白斑と呼ばれるものが出現し、コプリック斑といい、麻疹であることの動かぬ証拠です。
この時点で診断されることも多いですが、すでに大勢の人にウイルスをばらまいているのです。
「診断がつく時点では、他人にすでに感染している」のは麻疹だけではなく、ノロウイルス、水痘、おたふくかぜなど多くの感染症もほぼ同様です。
カタル期の後に半日ほど下熱しますが、さらに高い39~40℃の発熱と同時に発疹が出現します。麻疹特有の発疹は濃い色の紅斑で、顔面、頸部から出現し、胸腹部、背部、から四肢にまで及びます。
倦怠感が強く、肝障害を起こして内科で急性肝炎と診断された例もあります。食欲はほとんどなくなり水分を飲ませるのがやっとです。激しい咳が睡眠を妨げます。病気が最悪の時期です。肺炎になる人もあり、中耳炎はよく見られます。
全身に広がった発疹は数日後、解熱するに伴い色彩が褪せてきますがしばらくは色素沈着を残すのが麻疹の特長です。全身の免疫が衰えるので、元に戻るのに2~4週間かかります。
☆二種類の重い脳炎
これだけでは済まないのが麻疹の怖いところです。1000人に1人ほどウイルス性脳炎を合併することがあります。発症すると1/6が死亡、1/3に神経系の障害を残すという重い病気です。
麻疹が治癒して元気な状態が平均7年ほど経過してから、年間10人前後ですが、脳神経が冒されて知能障害・運動障害が発症し、数カ月から数年のうちに神経症状が進行する予後不良な亜急性硬化性全脳炎(SSPE)があります。
☆麻疹の治療、予防、受診のしかた
- 治療は?
麻疹ウイルスに対する薬はありません。どの感染症でもいえるのですが、ウイルスや病原菌の侵入に対して身体が免疫反応を起こして戦って絶滅させ病気が治るというのが基本なので、ほとんどの患者さんは治りますが、体力が弱い乳幼児や免疫力が低下している人では治癒まで時間がかかり、中耳炎、肺炎、肝炎などの合併症も出ることがあります。
患者さんの苦痛を緩和するために、解熱鎮痛剤や鼻汁の薬などを使います。医師の指示により脱水と脱塩を最小限にして体力を保ち、少しでも快適にしてあげれば治癒を早める効果があります。 - 予防できますか?
ワクチン接種で免疫ができます。この免疫は年月とともに落ちてくるので、ワクチンを接種してあっても感染の可能性はありますが症状は軽いといわれます。感染して72時間以内にワクチンを打てば罹らないですむ可能性があります
日本の麻疹ワクチン接種の歴史には、同年代のほぼ全員に接種した世代と、接種が十分ではない世代があり、現在20歳前後の人たちは未接種者がかなり残っているので感染が拡大しやすいです。 - 罹った疑いがあるときは、受診のしかたを変えましょう
麻疹の始まりは、まず目が潤み多量の鼻水と咳が出て、その2~3日後に38℃台の発熱があり体がだるく食欲が落ちます。今回メディアが報じる時期に同じコンサートに行った人や、関西空港を利用した人は、この風邪のような症状が出た段階で、小児科専門医や総合病院へ行くのが適切でしょう。
風邪と思って近くの開業医にいきなり行くと、待っている患者さんに感染を拡げるおそれがあります。
受診する前に病院に電話で連絡をしてから、できるだけ公共に交通機関は使わずに行きましょう。
咳エチケットを守り、マスクを着用しましょう。
小児科専門開業医や総合病院では、行政と協力して麻疹対策をしっかりしているところが多いです。
とくに大阪南部や千葉では、緊急対策により感染の拡大を食い止める努力をしています。
☆日本の麻疹排除の取り組み?
2006年から麻疹ワクチンの2回接種は公費が可能になりました。しかし、それ以前の人は接種していても1回なので、その後、免疫が下がって発症する人もいます。中にはMMR(麻疹・風疹・おたふくかぜの3種混合)ワクチンによるとみられる事故が続き、任意接種が中止になった影響から、麻疹ワクチンを打っていない人もいます。また、MR(麻疹・風疹)ワクチンを1歳時に打っていても、6歳時に打たない人もいます。最近、高校生や大学生、成人以降の人に麻疹が多いのはこのような理由です。麻疹を子どもだけの病気と思ってはいけません。
「排除状態」でも日本国内に麻疹はゼロではないかもしれないし、輸入麻疹もあります
WHOは2015年に、日本を麻疹の「排除状態」と認定しました。「排除状態」は、簡単にいえば日本に定着しているウイルスによる感染が3年間確認されない場合で、最前線の医師と厚労省や保健所や保健福祉センター、そしてもちろん子どもの保護者のみなさまが協力し努力した結果です。
今では、麻疹感染が発生した場合は海外から持ち込まれたウイルスによるものがほとんどと考えられています。
☆麻疹排除の定義と,判断基準
WHO が示している麻疹排除(measles elimination)の定義と判断基準です.
定義:麻疹の排除(elimination)とは,2003 年 10 月に 行われた WHO/CDC/UNICEF による麻疹専門家会議においての合意が定義として用いられます.
「広大な面積と十分な人口を有する地理的領域において,麻疹ウイルスの常在的伝播が起こり得ず,また輸入症例により麻疹ウ イルスが再度持ち込まれても持続的伝播が起こり得ないような状態で,弧発例および連鎖的に伝播する症例は全て輸入症例に関連づけられ,それを維持するために地域はワクチン接種による高いレベルの人工免疫を維持することが不可欠な動的な状態」とあります.
判断基準:
この会議での提議,合意事項などを踏まえて, WPRO では以下のような麻疹排除(elimination)のための判断基準を2004 年に提案しています.
確定麻疹症例数:
1年間に報告される確定麻疹症例数が 人口 100 万人あたり1未満であること(輸入症例を除く)
集団免疫:全ての地区(district)の各年齢コホートにおいて,麻疹に対する集団免疫が 95% 以上に維持されていることが,以下の指標により証明されていること.
a)麻疹を含むワクチンによる 2 回の予防接種率が 95%以上であること.
b)輸入症例による集団発生が小規模なものであること(症例数 100 未満,持続期間 3 ヶ月未満).
サーベイランス:
全ての発熱発疹症例及びウイルス伝播 の連鎖を,包括的に報告し調査することの出来る優れたサーベイランスが存在しているということが,以下の指標により証明されること.?
a)80% 以上の地区において,1 年間に報告される麻疹疑い症例が人口 10 万あたり 1 以上であること?
b)麻疹 IgM 抗体を検出するのに十分な血清サンプルが 80% 以上の麻疹疑い例から採取されていること(実験室診断による確定例と疫学的リンクの明らかな症例はこの百分率の分母の中には含まない)
c)(ウイルスの由来の同定に役立つ遺伝子配列解析のため)すべての確認された感染伝播の連鎖からウイルスが分離されていること
排除状態は素晴らしいですが、一方では麻疹を診察した事がない医師が増えました。今度の19歳の男性も診断がついたのは発病して10日目、4軒目の医院でした。